序幕・在りし日の

 「おはよう、ジーナ。今日もいい天気だね」


  鳥の鳴き声に混じって窓から出てきたのは、童顔で長身の男、チェイルだ。朝からニコニコ、ニコニコ、ご機嫌な顔をして空を飛んでいる。顔にも羽が生えたみたいに浮かれた顔をしているけど、実際の姿にも羽が生えているから、男で羽とか気色悪い。女は女でいよいよお迎えかと思うけど。しかも私はまだベッドに寝転んでいるのだから、時間を考えて欲しい。


 そんなデリカシーなんて持ち合わせてない奴に言っても疲れるだけなので、上半身を起こして窓を開けた。チェイルはパタパタと羽を動かし、着地すると同時に羽を消した。媒体もなく具現化でき、しかも具現化した通りの効果を付随できる魔法使いは稀有なのだとチェイルは自慢してたが、嘘だろう。この男が強い魔法使いだなんて到底思えない。


「聞いてよ、ジーナ! 俺はついに完成させたんだ! いつも言っていたあれだよあれ。みんなには無理って言われたけど、さっき突然成功してさ! やっぱり俺、天才かも。最高の魔法使いって言われる日も遠くないかもなぃー」


 私は今起きたところなのに、このテンションについていけと? 冗談じゃない。せめてカフェオレくらい飲みたい。


 私の視線に気づいたのか、チェイルは「ああ」と、突き上げた拳を下ろした。こんな子どもみたいな仕草をする大人がいていいものか……。


「さっさと見せろって顔だな、それは」

「違うわよ。喉が渇いたって訴えてるの」

「そうかそうか。今にドリンクもえいや! っと気合いで生み出して渡せるようになるからね。待っててよ」 

「いくら魔法が万能だからってそれは無理なんでしょ? 食べ物と飲み物の形は出せても、食べれる構造ができてないといけないって」

「そうそう。魔法はあらゆる構造の理解がないとダメなんだ。食べ物だったらその色素から成長からまず食物を出して、さらに調理の過程も組み込んで、あとは旨味とか調味料とか、そうした細かい味についての構成も必要で……」

「つまり、普通に作った方が早いってことね」

「いいや、俺ならできる! というか、大抵のものはできるはずなんだ。構成ができるなら、なんでも」

「ふうん。例えば、人の足とか?」


 冗談交じりに自分の足を撫でると、チェイルの顔はいきなり曇った。


「いや、その、ほら、人体についてはまだ議論ができないからさ」

「おもしろいほど慰めのない言い分けね」

「ごめん……」

「本気で謝らないで。今のは私が悪かったわ。冗談よ」


 私の足は大地を踏みしめれない。チェイルがそれを哀れんでいるのはわかっている。本気で申し訳ないと思っているのもわかっている。チェイルが自由だからやっかみで嫌味を言ったわけじゃなくて……つい、言ってしまうのは私の悪い癖だ。なにせ、今まで友人がいたためしがないから。


「ジーナ。足は難しいかもしれないけど、いつか空に連れて行くから。今は自分しか飛べないけど、いつか、きっと、絶対に」

「……期待してるわ、私のお友達」


 チェイルは困ったように笑うと、両手を広げた。


「さあ、魔法の時間だよ! さっき完成させた、花の乱舞だ!」


 チェイルは呪文も媒体もなく、売れない手品師みたいに大げさな手の動きで、ああもう一体何をするのかと思えば。


 瞬間、目の前が原色に染まる。


 赤も白も黄色も、頭を殴られたみたいに吹き出して、目の前を塗りつぶして、チェイルも見えなくなって。


「綺麗……」


 私は思わずつぶやく。だって、見たことないほどたくさんの花が部屋中に咲いている。これは何の花なんだろう。チェイルが勝手に作ったのか、それとも実際あるものなのか。そしてこの花は現実だけど、本物で、魔法で作ったニセモノで――ううん、そんなことはどうでもいい。こんなにも綺麗な花が部屋にあることが、それがチェイルが生み出したものだということが、何より嬉しかった。


「いつか本物の花畑に連れて行くよ。そのためにはたくさん練習しなきゃな」

「チェイル。こんなに花をもらっても、何も返せないわ」

「見返りが欲しくてやっているわけじゃない」

「友達ってそういうもの?」

「そうかもね」


 だから、とチェイルは続ける。


 ああ、この男はどこまでも私の欲しいものをくれるし、見つけてくれる。どこまでも私を生かそうと、必死になってくれる。私はこいつの友人でよかったと、この世界で生きていたいとすら思った。


 そのために、チェイルは命を燃やした。


 知らなかった。何も知らなかったのよ、私。


 四角い空しか見ていなかった私は、花を見て無邪気に喜んでしまった私は、魔法がどこからやってくる力かなんて考えもしなかった。


 魔法使いが、魔法を使う度に命を燃やしていただなんて、まるで知らなかったのだ。